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4.入門 人間自然学講座

第1講 はじめに
 現代文明は、人間を置き去りにしてしまい、さまざまな面で行き詰まっているという指摘は多くの識者に共通した認識です。現代文明は人間の内面の心を忘れ、「心の外」に安楽、安逸を求めている文明と言えるでしよう。現代科学が”生命の複雑さ”や非線形現象の解明に乗り出し、従来、拠り所としてきた安定した基盤や方法論をみずからの手で壊さざるをえなくなっている事は現代科学が解体期に入り、今、「21世紀の新しい理性(知)」を生み出すべく、生みの苦しみを味わっているようである
「人間を離れて自然界にもの(物)が有るか無いか」という議論、すなわち「人間の感覚と無関係にもの(物)が観測されるか」という議論で、自然科学は単純に「人間が一人も生きていなくとももの(物)は自然界にある」という素朴実在論に帰ったところから出発している。近代自然科学の思想的源泉が素朴実在論にあり、人間的要素と信仰的なものを排除しながら自然科学を構築してきた結果が現代の自然科学文明であるとすればまず、その素朴実在論を検討し、人間不在の欠点があれば、それに代わる哲学・論理を探求する必要があるだろう。そのために、豊饒な日常生活から信仰・宗教、学問、科学が形成されていく過程を研究し、科学的行為を人間活動全体のなかに位置づけることを試みる。
 第2講では、認識できないものは観測できないとの立場から、観測論と認識論の対応関係を研究しながら考察を続けていきたい。人間は視覚が異常に発達し、それに頼りすぎた結果、視覚的観測に重点を置きすぎ、観測対象を自分の外に離して置き、それを外側から客観的に見つめ物質化し、分析して認識する方法を批判的に検討する。この検討により、視覚的観測だけでなく触覚的観測の意義が明らかにされるだろう・
 第3講では、人間の生・老・病・死と幸福の問題、それに科学の目的を論述しよう。
第4講では、人間観と哲学・学問論、第5講では、西洋と東洋での自然観と哲学
 第6講では、科学史と人間科学での対話的観測方法、 第7講では新しい学問・人間自然学

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